【はじめに:『形成外科医の引き出し』について】
形成外科学会認定指導医(医局無所属,医師17年目,皮膚腫瘍外科分野指導医,創傷外科分野指導医)による形成外科保険診療・美容診療の外来診療のポイントを疾患別にまとめています。形成外科医・皮膚外科医を志す若手の医師向けに書いていますので、一般の方には難しい表現もあるかもしれません。ご了承ください。
下肢静脈瘤初診患者の対応
下肢静脈瘤の治療は、どの形成外科でも実施しているわけではありません。実際私も大学所属で関連病院を回っていたときに、全く下肢静脈瘤の治療をしていない施設をいくつか経験しました。
形成外科で対応していない場合は、心臓血管外科の先生方が対応されている病院や外科や皮膚科で対応されている場合、放射線科や循環器内科で対応している場合もあります。病院内で「先にその領域をおさえていた診療科」があれば、他科が横取りしたりはせず、大抵はその診療科のまま治療が続いていきます。
下肢静脈瘤の治療は近年では「血管内焼灼術」が主流になっています。この手技は「実施医資格」を取得しないと出来ない手術であり、その資格取得には学会所属という「条件」がついています。
必要とする学会資格:
日本静脈学会、日本脈管学会、日本血管外科学会、日本インターベンショナルラジオロジー学会、日本皮膚科学会、日本形成外科学会のいずれか
血管外科では元々積極的に治療されていましたが、上記のような資格しばりが出来たため、形成外科、皮膚科で静脈瘤治療に参入する医師も増えたように思います。
形成外科医として、血管内焼灼の資格は「できる手技が増える」ことにも繋がり、色々診療の幅が広がります。私の場合は、難治性潰瘍を専門としていたため、うっ滞性皮膚潰瘍の治療に携わる事が多く、必然的に静脈瘤治療は避けて通れなかったという経緯があります。ただ、医局で血管内焼灼を教えてくれる先生は居なかったため、自分でコヴィディエン主催のセミナーを受講したり、「静脈瘤クリニック」にアポイントメントを取って、見学にいったりしながら情報知識を得て、ストリッピング治療や硬化療法の治療経験を積み、実施医資格を取得しました。現在では指導医資格も取得したため、当院で勤務してくれた若手形成外科は指導医のもとでの研修をカウントできるようになり、実施医を取得できるようになりました。今年度は2名の実施医が当院から生まれています。
下肢静脈瘤について「教科書的」ではなく、「実際の治療の現場のリアルな話」として診察のポイントを記載していこうと思います。
診察時に考えること(診断と鑑別)
①大伏在静脈の逆流か、小伏在静脈の逆流か、その両方か
下肢静脈瘤の訴えで来院された場合、大抵は下肢に思い当たる症状や「瘤」を有しています。最近はSNSやネット情報で患者さんも知識を得ているので、自分の足の異常をインターネットで調べ、下肢静脈瘤だと思い、対応している病院の外来にやってきます。
当院では「下肢静脈瘤専門外来」という枠を設けているため、電話で予約して来院されます。近医の紹介状持参で来院される場合もあります。そういった場合、大抵下肢を拝見すると、見た目の瘤がはっきり存在しています。
下肢静脈瘤の病態の本体は「表在静脈の弁不全による逆流」です。まず考えることは「大伏在の逆流なのか、小伏在の逆流なのか」です。
これは膝付近でエコーを当てるとすぐに分かります。外来初診ではできる限りエコーを当ててその場で逆流の程度や有無についてスクリーニングしましょう。
②下肢静脈瘤だとして、手術治療の対象になりえるのか否か
下肢静脈瘤の治療を考える上で、血管内焼灼やストリッピング術の「除外規定」を知っておく必要があります。以下に該当する項目があれば、手術加療はできません。弾性ストッキングの着用指導で経過を見ていくことになります。
- クモの巣状、網目状静脈瘤
- 深部静脈血栓症がある、あるいは血栓症の既往がある
- 動脈性血行障害がある
- 歩行困難
- 多臓器障害あるいはDIC(播種性血管内凝固)状態
- 経口避妊薬あるいはホルモン薬を服用している
- 重篤な心疾患がある
- ショックあるいは前ショック状態にある
- 妊婦あるいは妊娠が疑われる
- ステロイド治療中
- ベーチェット病
- 骨粗しょう症の薬(ラロキシフェン)を服用中
- 血栓性素因(プロテインC欠損症、プロテインS欠損症、アンチトロンビンⅢ欠損症、抗リン脂質抗体症候群)
③深部静脈血栓症の有無
上記の除外規定の中で、最も注意しなくてはいけないのが深部静脈血栓です。深部の大静脈が血栓閉塞していることは、実はほとんどありません。もし閉塞していれば下肢がパンパンにうっ滞して腫れていて、一目瞭然でしょう。注意すべきは「ヒラメ筋静脈の血栓」です。上流には影響でないので、一見普通の足に見えますが、しっかりエコーで観察すると見つかることがあります。特に高齢者ではこの所見がある場合は血栓形成リスクが高いため、血管内焼灼術は避けたほうがよいでしょう。弾性ストッキングで慎重観察ということになります。
④心不全による浮腫
治療の除外基準にはありませんが、結構な頻度で見かけます。高齢者に多く、「足がだるい」という主訴で来院されます。下腿の著明な浮腫があり、瘤ははっきり見えませんが、エコーで観察すると逆流が見つかることがあります。
治療については検討してもいいと考えます。ただし、心不全の重症度の把握や、手術に耐えうる状態か否かの判断は必要です。無理に手術せず、弾性ストッキングで観察していく方針でもよいかもしれません。
⑤リンパ浮腫
婦人科疾患による骨盤リンパ節の覚清後などにリンパ浮腫を生じる場合があります。放射線照射後などでもリンパ浮腫を認める場合があります。静脈瘤の治療は禁忌ではありませんが、リンパ浮腫の程度も考慮して治療を組み立てていく必要があります。
⑥変形性膝関節症
時々紛れてきます。「膝から下がだるい、痛い」という訴えで来院され、特に膝の内側やや下を指して、「ここが吊るんです!」など言われると、静脈瘤を思い浮かべてしまいます。エコーで逆流がはっきりしない場合、もしかすると膝のOAによる疼痛であったり、整形外科でOAに対して注射してもらっているような方であれば関節注射による軟部組織の疼痛であったということも過去に経験があります。
検査・治療の組み立て
下肢静脈エコー
初診時の対応としては先にも書きましたが、まずは膝周囲で自分でエコーを当てましょう。逆流の程度・有無や血管の走行がわかります。
外来診療の短時間で血管全域を確認するのは困難です。深部静脈までくまなく見るのは、より困難です。当然、静脈瘤治療を始めたばかりの医師であれば時間をとってしっかり全体をみる必要があります。私は入院させて治療を行う前に病棟ベッドで鼠径から足関節までくまなくエコーを当てていました。
最近は検査技師さんの力をお借りして「下肢静脈エコー:スクリーニング」というオーダーを作っています。技師さんと申し合わせしており、SFJ、SPJでの弁不全の有無、GSV、SSVの逆流の程度、逆流時間は当然調べてもらっています。また血管の内径についても固定のポイントで計測してもらっています。深部静脈については血栓の有無は当然ですが、「深部静脈の弁不全」についても逆流の有無、逆流時間を必ず測定してもらっています。
当院の検査技師さんたちは非常に優秀です。正直なところ最初のころは不安が残る検査レポートで、あまり信用していませんでしたが、当院で下肢静脈瘤専門外来を開き、たくさんの症例を検査技師エコーに送り込み、時々結果のフィードバックなどを行っていると、最近では非常に正確な静脈のマッピングを作ってくれます。(欲を言うなら、イラストで逆流範囲とか蛇行の形状、不全交通枝の位置なども評価できればいいのですが・・・そのあたりは自分で評価しています)
静脈の血管MRI(MRV)も一時撮影していました。視覚的に表在静脈と深部静脈、その交通枝を描出することができます。ただし、治療に必須ではないため、最近ではほとんど撮影していません。うっ滞性潰瘍で不全交通枝の結紮など考慮する場合は有用と考えます。
心エコー:治療に際して浮腫が強い場合は心エコーも評価しておきましょう。未治療の場合や、患者さんが心不全の自覚無い場合もあります。EFがあまりに低い場合は循環器科に相談することが優先です。下肢静脈瘤が遅れてもそれほどダメージはありませんが、心不全は治療が遅れると死に至ります。
治療
血管内焼灼術を治療の1st choiceとしています。当院では血管径が10mmを超える場合は、状況に応じてストリッピング術での対応としています。
大伏在静脈の血管内焼灼術は、大腿神経ブロック+TLA麻酔で全例実施しています。麻酔による大腿四頭筋麻痺を生じるため1泊2日の入院対応です。小伏在静脈の血管内焼灼術は局所麻酔+TLA麻酔で対応しています。こちらは日帰りでも対応可能です。
超高齢者の場合、入院での治療を勧めています。当然日帰りでも可能な場合がありますが、現実問題として一人暮らしの超高齢者は、腰・膝・手元など不自由な場合も多く、術後の包帯管理など不安が残る場合も見られます。あまり無理に日帰りや1泊にせず、ある程度の入院対応で勧めてあげると安心される場合も多い印象です。あくまで患者さんの要望を聞いて対応します。
ICの要点
患者さんに説明するときの実際です。
「下肢静脈瘤は、本来心臓に戻っていくべき血流が、静脈の中の弁が壊れることで逆流してしまい、足に血液がうっ滞していくことで生じています。結果として血管が拡張してコブになったり、下肢に浮腫が生じたり、筋肉が疲労しやすく夜中に足がつったりします。
それ自体で生命の危険に至ることはほとんどありませんが、放置しておくと徐々に症状が悪化し、最終的には足のむくみが慢性化し、うっ滞による皮膚炎を生じ、足から汁がにじみ出てくるような状態に至ることもあります。非常に痛みますし、治りにくい傷になって歩けなくなることもあります。そうなる前に治療しておくことが推奨されます。
慢性的な疲れやすさにもつながることもあり、生活の質を改善するためにも静脈瘤が検査で見つかって、手術が可能な状態であれば、治療しておくことをおすすめします。」
まとめ
下肢静脈瘤は形成外科で治療が可能です。形成外科医なら「治療できる知識と資格の準備」をしておくべきと考えます。特に下肢の治療に携わるなら、ぜひとも身につけておくことをおすすめします。
Photo by Cristian Newman on Unsplash