褥瘡治療の難しさと奥深さ

<2020年7月15日 初回投稿、2020年10月22日リライト>

褥瘡治療の難しさと奥深さ

褥瘡は治療に大変苦労します。形成外科として働き始めたころは、正直褥瘡の治療に対してはあまりいい印象は持っていませんでした。治療をプランニングしても思ったように治らず、それどころか治療に反して悪化したり。それこそ褥瘡の治療どころではない全身状態の悪化を伴ったり、その結果として亡くなってしまう方もおられます。

形成外科の取り扱う疾患は、広範囲熱傷以外は命に影響する疾患が少ないため、全身管理の経験が少なく、結局お忙しい内科や外科の頼れる先生に頭を下げながら、一緒に併診していただくことになってしまったり。

最初は苦手意識がありましたが、徐々に経験を重ねるうちに褥瘡・難治性潰瘍・下肢壊疽の治療の難しさに興味が生じ、今となっては専門的に積極的に患者さんを受け入れるようになりました。褥瘡・難治性潰瘍を積極的に集めるタイプの形成外科医はそう多くはありません。

全身状態のバランスをとりながら、大変治りにくい傷をいかに適切に治療に導くか。

褥瘡治療の難しさについて解説します。

創部の環境の悪さ

褥瘡は多くの場合、体の下になる部位に生じます。仰臥位では仙骨や踵、側臥位では大転子など、ベッド・床に当たる部位に自重がかかり、血流が巡らなくなって2−3時間そのままになってしまうと、皮膚・皮下組織が壊死してしまいます。壊死した細胞は数日後には水泡や黒色壊死組織となり、褥瘡として発見されます。

褥瘡の発生する部位は、必ずと言っていいほど何らかの圧迫がかかる環境にあります。自重であったり、装具であったり、外的な医療器具であったり。

治療を行う上で、「原因の除去」が非常に大切なのですが、自重がかかる仙骨褥瘡に対して「原因の除去」を行うには、頻繁な体位変換、電動エアマットレスによる除圧などが挙げられますが、完全ではありません。右側臥位→左側臥位の繰り返しで除圧しても、仰臥位の時間は減っているとはいえ、完全に仰臥位をしていないかというとそういうわけでもなく、結局仰臥位は避けられない場合がほとんどです。

すなわち、劣悪な環境、具体的には「ずれ・圧迫阻血」状態を伴いながら、その環境下で治療に導く必要があります。

年齢的な治癒力の低さ

次に問題になるのは「治癒力」です。同じような部位的デメリットがある状況としても、年齢が高齢になればなるほど褥瘡のリスクは高まります。これには様々な要因が影響します。より高齢者の方が筋力も低く、様々な合併症も持ち合わせていたり、食も細くなり体がやせ細って脂肪のクッションがほとんど無かったり。

細胞レベルでも、どんどん分裂能力は低下します。生物で習ったかもしれませんが、細胞の核に存在するDNAの末端にはテロメアという配列が存在し、細胞分裂するごとにテロメアは短縮していき、細胞老化が進んでいきます。

年齢が重なれば重なるほど、細胞の分裂能力も低下するため、褥瘡は発生しやすくもなれば治癒しにくくもなるわけです。

高齢者の治癒能力の低さを前提として、繊細な治療を進めていかなければなりません。いつも通りの治療が奏功しない理由の一つと考えます。

容易に再発する

このような劣悪環境や乏しい治癒力を伴う褥瘡を必死にコントロールして、全身管理と創部局所管理を行い、手術治療を完遂させ、完全治癒にまで何とか到達できたとして、問題は終わりではありません。

「劣悪環境」「低治癒力」についての問題点は常につきまといます。せっかく治った褥瘡もたった1日の「管理不良」により容易に再発します。

褥瘡を「再発させない」ということも、治療のうちだと考えます。

治癒して施設や自宅に退院される患者さんに対して、退院後の環境を見据えたリハビリテーションを入院中にしっかり行っておくことや、退院後のベッド、電動エアマットレス、車椅子やそのクッションのセレクトまでしっかり指導していくことが、褥瘡治療に含まれています。当院ではリハビリテーション技師と毎週カンファレンスを行い、治療と並行して退院に向けたリハビリを積極的に行っています。またMSW(医療ソーシャルワーカー)とも連携して、退院後の施設にエアマットやクッションの環境整備を調整しています。

最近では退院後に施設に直接訪問して、転院先スタッフと除圧環境や体位変換、栄養摂取状況について情報共有するようにしています。現状の医療報酬体制では特別養護老人ホームや介護老人保健施設などへの出張は「在宅算定」ができないため、ボランティアで訪問するしかありません。この辺りは高齢化社会に向かう現状を考え、算定の拡充をお願いしたいものです。

褥瘡と共存する考えも必要

褥瘡をなんとか治療して、縮小させ、完治に導くためにあらゆる努力を行います。しかし、治療できない褥瘡も存在します。高齢者の治癒力のなさを侮ってはいけません。無理に外科治療に踏み切ると、創部が良くなるどころか、全身状態を悪化させてしまうこともあります。

とにかく低侵襲で、患者の全身状態を把握しながら、できる治療を組み立てていきます。

中には「褥瘡」と「共存」するほうが、積極的治療よりも患者さんにとって良いこともあります。

状況を見極め、全身状態に悪影響を及ぼさない程度に褥瘡をコントロールするということも治療の一つです。そういった褥瘡と「共存」していく患者さんたちは、ふとしたタイミングで創部も増悪したりするので、経過をしっかり追っていくことが大切になります。